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「はやぶさミリオンキャンペーン」の楽しみ方

JAXAが「星の王子さまに会いにいきませんかミリオンキャンペーン2」というキャンペーンを4月10日より始める。
これは、応募者の名前や想いの詰まったメッセージ、イラストを、2014年打ち上げ予定の小惑星探査機「はやぶさ2」に搭載し、宇宙へ送るというもの。
私の知る限り、同様のキャンペーンは過去に2回行われている。火星探査機「のぞみ」と、小惑星探査機「はやぶさ」である。「のぞみ」は残念ながら火星の軌道に入ることはできなかったが、27万人の名前と共に今も太陽系のどこかを飛び続けている。「はやぶさ」に搭載されたターゲットマーカーは、無事イトカワに送り届けられ、半永久的にイトカワに留まり続けるという。いずれも、夢のあるキャンペーンとしてJAXAの取り組みに敬意を表したい。

さて、私の手元には、最近amazonで手に入れた松浦晋也氏の著作「恐るべき旅路」がある。この本は前述の「のぞみ」構想から火星周回軌道断念までの、苦難に満ちた旅を綴っている。
その中で、「あなたの名前を火星へ」として名前を宇宙に送り届ける企画のことに触れている部分がある。
当時はインターネットではなく、ハガキで名前を集め、それを宇宙科学研究所(JAXAの前身)の職員が切り取り、縮小コピーしていたそうだ。
27万通という、気の遠くなるようなハガキを切り取る職員たちは、はじめは「この忙しい時に」とイヤイヤ作業をしていたらしいのだが、そのうち自分たちから進んでハガキを切りに行き始めたという。
なぜか。ハガキには、その名前にまつわるエピソードや、「のぞみ」への応援メッセージであふれていたのだ。
名前は全て切り取られ、アルミ板20枚に焼き付けられて「のぞみ」のバランス・ウェイトとして搭載されたそうだ。

この話を聞いて思うのは、「自分の名前を宇宙に飛ばすだけではないんだ」ということである。大好きな人の名前を書いたり、進学しても離ればなれにならないように、仲間の名前を書いたり。結婚を控えて旧姓を書いたり、幼くして命を落とした我が子の名前を書いたり。人生が刻まれたそれらの名前を切り取る宇宙研の職員の方は、どれほど心強く思ったことか(実際作業してないから分からないけど)。
そんなキャンペーンが、また始まる。「のぞみ」の時と違って、今回はインターネットでも受付を行うということであった。しかし、このキャンペーンを心から楽しむためには、やっぱり手書きでメッセージを伝えることをお勧めしたい。すばらしい成果を残して大気圏に消えて行った「はやぶさ」の後継機が、再び私たちに大きな夢、希望を与えてくれるイベントなのだ。ぜひとも自分の「想い」の丈を、宇宙研に届けたい。

なお、キャンペーンのページを見ると、「はやぶさ2」に寄付をした人の名前はターゲットマーカー、地球帰還カプセルの両方に名前が刻まれるとのこと。
気持ちを目に見える形で表現したい方は、プロジェクトへの寄付という方法での応援もある。

準天頂衛星「みちびき」のこと

2010年に打ち上げられた「みちびき」(@QZSS)は、GPS信号を補完するために打ち上げられた人工衛星である。
これまで10メートル程度の誤差があった(意図的に設定されていた)日本国内のGPSであるが、みちびきの登場によって誤差が1メートルほどにまで縮まるという。
みちびきは、日本の真上を通る軌道を回っている。しかしながら、恐らくは技術的な制約からであろう、日本を離れてオーストラリアの上空を通る軌道であるため、みちびきが現時点で運用できるのは1日のうち8時間程度である。JAXAのウェブサイトによると、みちびきの24時間運用のためには合計3機の人工衛星を打ち上げてやる必要があるのだそうだ。
さて、そのみちびきの恩恵を受けるために、腕時計が販売されることになった。こちら。2013年3月現在は利用実証期間ということで、1号機の運用成果を見て今後を判断するということなのであろう。
GPSの用途はカーナビだけでなく、スマホによる地図ソフトの測位、測量、農業機械の自動制御など、多くの活用方法が考えられる。こういった製品が増えて、日本の宇宙開発がどんどん進めばよい。

鹿児島への旅 第二章(その3)

□7月21日
01:30
Fくんが、充電に必要な機材をもってきた。彼は車を持っていないため、ソーラーバッテリーで充電しながらの旅であった。
夜中に充電しにくる、とは言ってたのだが、ようやく眠りについたところだったので、再び眠れるかの不安はあった。しかし、難なくコロッと寝た。その後はだんだん涼しくなっていった。

5:00
目が覚めた。涼しかった。
タオルの湿気と己の汗で、ガラスの内側はべっとりじとじとであった。
とりあえずトイレを済ませ、エンジンのかかっていそうなところに車を移動させる。
そこでズボンを履き替えて、Fくんから預かったデジカメバッテリーとモバイルブースターの充電を始める。
日はすでに昇っていた。
天気は晴れ。雲があちこちにかかっている。

8:00
だいぶ、駐車場も埋まってきた。
Fくんのバッテリーも充電が終わったようなので、彼のテントのほうへ行ってみる。
彼はすでに起床しており、テントのあたりで片付け、その他のことを行っていた。徐々に人の数が増えてきて、公園の前のほうは、シートで埋められてしまった。しかし、まだまだ余裕はありそうだ。

9:00
Fくんが、知り合いを連れてきた。女の子2人と、男性3人。女の子は、ペアで宇宙のTシャツを着ていた。男性の3人は、こうのとりに搭載される実験装置の設計に関わった方で、うち1人は「きく8号」の設計を担当した方だという。
お互いのことを話し合いながら、打ち上げの時を待つ。
なお、このときには「種子島に雷雲が発生」との情報が入り、少しずつ雲が増えてきた気がする。
無事に打ち上げられればいいのだが。
Aくんは、寝るところがなくて地べたに寝ていたようだ。雨に打たれても起きなかったという。すごい精神力だ。

10:00
3人組のうち1人から、「打ち上げのGO/NGの判断は、1時間前と10分前に行う」との情報を得た。1時間前のアナウンスでは、「引き続き状況を見ながら、予定を進める」とのこと。微妙な言い回しが気になるが、予定通りに進んでいると前向きに解釈した。
ここで、記念のピンズが配布された。数に限りがあるということで、あっという間に掃けてしまったみたいだが、女の子は手に入れたようだった。HTV3のピンズ、ほしい気もしたが、こうのとり2号機のときにもらっていたので良しとしよう。
打ち上げ1時間前ということで、JAXAによる放送がはじまった。拡声器が近くにあったので、音がガンガン聞こえてきた。
放送は、こうのとりの紹介、ミッションの紹介、H-IIBの紹介などであった。知っていることが多かったので、あまり真剣には聞いていなかった。

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10:50
小雨がパラパラ降ってきた。周辺の人々に不安が広がる。あと少しで打ち上げ。双眼鏡で何度も機体を見る。あれがもうすぐ、雲を突き破って打ち上げられるのだ。

11:02
「打ち上げ480秒前」の放送。ここからカウントダウンが始まった。
カウントダウンが始まるということは、予定通り打ち上げを行うということだ。歓声が上がる。
その後もカウントダウンを行いながら、公式放送によってそこで起こっている出来事が逐一伝えられる。
興奮が高まる。カメラを構えている人が「前の人、座って!!」と何度も叫ぶ。
彼らも、いい写真を撮ろうと忍耐を重ねてきた人なのだ。自分のポジションを守るために、必死で叫ぶ。

11:06:08
「打ち上げ10秒前」
「9」
「8」
「7」
「6」
「5」
「4」
「3」

打ち上げ その時
ここで、エンジンに火が点る。まぶしい光とともに、それを見たギャラリーが驚きの声、叫び声を上げる。
そして、「2」、「1」、「H-IIB3号機 発射」(確かそんなようなアナウンスだったと思う)のアナウンスと同時に、ロケットは雲に入り、そのまま見えなくなってしまった。
刹那、地鳴りのような「ゴゴゴゴゴゴゴ」という音が、我々の元へ響いてきた。すでに機体は見えなくなってしまったが、轟音はしばし我々の眼を宙に釘付けにした。
放送に耳を傾ける。
ブースターが切り離され、第2エンジンが分離、そして、HTV3切り離しのアナウンスの瞬間、沸き起こる歓声。これまで我々の前で堂々とした姿をたたえていたロケットは、ものの10分の間に、地球の重力に負けないほどの速度へこうのとりを突っ込んだ。
すべては予定通りに進んでいる。我々も、この瞬間に立ち会うために、ここまでやってきたのだ。
西之表からバスできた人、レンタカーを借りた人、自転車をこいできた人、みんなの思いを乗せて、HTV3は宇宙空間へ旅立った。

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11:30
打ち上げが終わっても、我々はまだその場に留まっていた。
みんな感動覚めやらぬといった様子だったが、女の子のうちの1人は写真をたくさん撮っている。
集合写真を撮って、このあとのことを話し合った。
開発の3人組はこれから別行動ということになり、Fくん、Aくん、女の子2人と共に行動することにした。
FくんとAくんは俺の車に乗り込んで、女の子二人組は島内で借りたレンタカーに乗り込んだ。
ここで、女の子の名前がSさんとYさんということが分かる。宇宙大好きな金髪のYさん。いつでもシャッターを切っている。
雨は上がって、ロケットを飲み込んだ雲が漂っていた。
ここで、宿を確保すべく、女子の予約したゲストハウスへ泊まることにしたいと思い電話してみた。
宿は1泊1000円で、雑魚寝なのだそうだ。それでもかまわないと伝えると、ではよろしく、とのことだった。
まずは、昼食だ。

12:00
インギー鶏でおなじみのお店に行ってみるも、この日は予約でいっぱいとのこと。女の子のうち、Yさんがやたら残念がっている。
しかたなく、エブリワンで買い物を済ませる。種子島でEdyが使えるとは。やるなエブリワン。

12:30
鉄砲伝来の岬へ。
昼食を食べて、一息つく。Yさんのおみくじは、大吉。なにかいいことがありそうだ。
ここで、干潮の時だけ通ることのできる岩屋があるというので、観光協会に問い合わせたところ「干潮は13:30」とのこと。
干潮時刻より1時間は楽しめるということだったので、岬を足早に切り上げて、岩屋へ向かう。

14:10
千座(ちくら)の岩屋へ到着。
洞窟のようなものが、思いのほか奥まで続いている。観光に来ている人や、海岸で泳いでいる人がいる。
我々はぶらぶらしながら、洞窟に入り込んだ。
そこは、フナムシが多く生息する場所であった。フナムシはあまり見ていて楽しいものではないが、じっと見ていたら慣れた。
なかなか幻想的な風景の広がる場所であった。
しばし洞窟探検を楽しんだのち、ここで我々は二手に分かれて行動することにした。
種子島宇宙センターに行って見学をしたいというAくん、ここで泳いでいくというFくん。
車は2台しかないので、俺は車をAくんに託し、女子の車で観光することにした。

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15:30
増田宇宙通信所に到着。
氏名を記入し、中の見学施設へ。
H-IIB1号機の打ち上げの映像に見入る人たちのそばに、多くのJAXAリーフレットが置いてある。
たくさん持ち帰るYさん。Sさんは、それほど興味はないようだ。
ロケットの模型や「かぐや」を見たあと、写真と背景を合成して絵はがきを作ってくれるサービスとプリクラをやった。
タダでこういったサービスがあるのは、ありがたい。ロケットの打ち上げとともに、女子2名と俺が写りこんだ。

16:15
「アコウのアーチ」へ。
道路の端から生えてきた木が、反対側の道路にも根を下ろしているような、不思議な造形である。
農作業の老夫婦に聞いても「どうしてこういうふうにできたんだろうねぇ」と言っていた。
何か、神々しいものを感じる。自然っていいなと思う。
反面、ガイドブックに載っているような観光名所なのに、周囲に何の説明もないのはどうかと思った。
それが島の良さ、と言われればそうなのかもしれないが、もうちょっと親切にしてくれてもいいかもしれない。

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17:30
浦田海岸へ。
美しい夕日が見られるかと思ったが、日没までにはまだ時間があるようだった。
海岸はキャンプをする地元の人たちでにぎわっていた。サーファーが来るような海岸ではなく、狭い砂浜は美しい水を吸い込んでいた。
この海岸は、種子島在住のEさんより「行っておいたほうがいいよ」と言われていた海岸だ。確かに、エメラルドグリーンの水をたたえた、きれいな海岸だった。
女子は、砂で汚れた足を洗った。俺も、靴の下のほうだけを洗った。
ここで、男子とは西之表港で待ち合わせることにした。

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18:30
西之表港で、男子を待ちつつ土産屋へ。高速船のりばはすでに閉まっていたので、その近くにあった少し入りづらい商店へ。店内はその入りづらさとはうらはらに、やさしいおばさんのいるお店だった。民芸品から昭和のテイストを感じるものまで、たくさんのお土産に囲まれた店内であった。近くで温泉はないこと、マンゴーはそのあたりのスーパーに売っているのではないかということ、安納芋は今の時期には出ていない、とのことであった。
スーパーを求めて行ったAコープは、すでに閉店。近くでお祭りをやっていたので、様子をしばし見学。
そうこうしているうちに、男子がやってきた。

19:00
夕飯を食べるためのお店探し、なかなか開いておらず、結果的に「さかなちゃん」というお店に入れてもらうことができた。
運転するのでビールはなしで、ノンアルコールビールを飲んだ。
お刺身は事前の調査のとおり、しょうゆが甘かった。Fくんは、関東のしょうゆをもらっていた。
甘いしょうゆには、酢をちょっとたらして食べるらしい。
トビウオのから揚げは、骨が堅かった。じゃが揚げはおいしかった。
串焼きの盛り合わせは、注文してから出てくるまでに1時間くらいかかった。
「今焼いてるからね」というおばちゃんの声が、そば屋の出前のように聞こえた。
串焼きを待っていたら、花火が上がった。俺は「たいした花火は上がらないだろう」と思い、みんなの荷物を見張っていることにして店内に留まっていた。そしたら、串焼きがやってきた。
さて、コンビニで買い物をして、宿へ向かうことにする。

ここで、自分の携帯電話がないことに気がついた。

女子と行動していたときに、レンタカーのナビがしょっぱかったので自分の携帯をナビの代わりにして使っていた。
電池が切れたので、ポケットの中に入れっぱなしにしておいたと思っていたのだが、どうやらないようだ。
車2台の中を捜索するが、ない。
さかなちゃんに戻っても、ない。仕方がないので、とりあえず翌日探すことにして、宿に向かう。

22:00
この宿が、すごかった。
まず、ホームページに大まかな情報しか書いてない。
手書きの地図があって、それだけ。
とりあえず現地に行くことにしてみるが、看板が出ていない。
これはおかしい…と思ったので、女子に待ってもらうことにして、男子で宿を捜索。意外と早く見つかったが、この宿は若干朽ちた民家に数人が雑魚寝しているという状態であった。
とりあえず女子の車に声をかけて、この民家に入ってみる。
中で起きていたおじさんが、宿の説明をしてくれた。主人は不在。
おじさんの案内に従って、部屋に入る。
女子は途中までどこで寝るかを話し合っていたが、結局車の中で寝ることにしたようだ。
FくんとAくんはしばらく小声で話し合っていたが、途中からYさんが混ざったようだ。
俺は、ウトウトしていた。
24時過ぎには眠りについていた。

(続く)

鹿児島への旅 第二章(その2)

7月20日(金)
今日は5時に目が覚めた。
天気は曇り。鹿児島に来る前には週間予報は晴れだったので、どうしたものかと思う。
今朝のニュースでは、打ち上げ当日(21日)まで曇り、または雨の予報になっていた。
マスコミ向けのブリーフィングでは、ロケットを打ち上げた直後に雲の中、なんてこともあるとのことであった。
今は、フェリー乗り場で荷物を積むのを待っている。あと30分ほど時間がありそうだ。
鹿児島から種子島までは、3つのフェリーが出ている。プリンセスわかさ、はいびすかす、新さつまである。今回乗るのは貨物船の新さつま。プリわか、はいびすかすが確保できなかったため、新さつまとなった。実は、今回の旅でもっとも気になっていたのがこのフェリーへの乗り込みである。フェリーに乗るのは20年ぶりぐらい、自分で運転して乗り込むのははじめてなので、勝手が分からない。とりあえずお金の払い込みは終了したが、これからどうなるのか。係の方の指示を待つことにしたい。

南日本新聞を読むと、1面に「H2Bあす打ち上げ」の見出しでトップ記事になっていた。
今回の3号機の打ち上げが成功すると、今後の打ち上げは三菱重工業に移管になるという。
民間による宇宙開発といえば、アメリカでISSにドッキングを成功させたものがあったっけ。これからは国による宇宙開発だけでなく、民間の力を活用した宇宙開発が本格化していくのかもしれない。

雨が激しくなってきた。波は穏やかなので船の運航に影響はないのだろうが、雨具はちゃんとしたのを持ってきていない。今後の行く末が心配になるような雨である。野宿じゃなくてよかった。

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鹿児島新港からの風景

10:00
フェリーへの荷物の積み込みが始まった。車を預けていった人たちは車内にいないので、係の方たちが手際よく車を積んでいく。程なくして、俺も船のそばまで移動するよう伝えられた。
フェリーへは、車両はバックで積み込む。車が3列になっていて、指定された場所へつける。誘導の方は、親切に場所を案内してくれた。きっと、俺のような素人がたくさん乗船するような貨物船なのだろう。
船に乗り込んだあとは、客室へ。フェリーの入り口付近に、昇り階段があるのでそこを上がる。
上がったところから船の後ろのほうに進んでいくと、突き当りが客室だ。扉の奥にまずは喫煙所があり、そのさらに奥に雑魚寝できるカーペットの部屋がある。テレビでメジャーリーグの中継もやっていた。
客室についたときには、すでに何人かの人が眠りについていた。客室は思いのほか涼しく、むしろ寒いくらいであった。半袖のシャツ1枚だったので、何か持ってくればよかった。
客室でゴロゴロしていると、船が陸を離れた。ゴウンゴウンと音がして、いよいよ種子島に向かって出発なのだ、と思った。それにしても、寒い。持ってきた新聞紙を体にかけて、寝た。

12:00
あまりに寒いので、外に出ることにした。喫煙所のソファー横にある客室入口の扉を出ると、そこはまさしくフェリーのそれであった。進行方向に向かって右側をずっと眺める。すると、そこには指宿温泉の町並みが広がっていた。
携帯電話のGPSを働かせると、まもなく開門岳が近いことを示している。かつて登った山というのは、そこに良い思いでがあれば何度でも登りたくなるというものだ。この日は雲のため、残念ながら山容をすべて拝むことはできなかった。しかし、薩摩富士の名にふさわしい、堂々とした山であった。
しばらく、外と喫煙所の間を行ったり来たりした。喫煙所には自販機が併設されていて、ここでコーヒーを買って飲んだりした。客室内の人の数は10人ほど。余裕のある客室であった。

13:00
湾内を出ると、波が少し高くなるのを感じた。波を切って進むフェリー。早い船だと思っていたが、後方より猛然と追い上げてくる小さな船がある。高速船ロケットだ。ロケットは、脅威の末足を見せる競走馬のように、われわれの船を追い抜いていった。その姿もなかなか格好のいいものであった。

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14:30
まもなく到着のアナウンス。
客室から出て、車に乗り込む。波はそれほど高くなかったので、酔いはなかった。しかし、若干平衡感覚を揺さぶられるような感じではあった。
車内にてしばし待つ。エンジンをかけるのがためらわれたため、陸との渡しになっている部分(なんというのだろう)が出てくるまで暑い中待った。
扉が開いて、係の方の指示で外に出た。出口は、接岸したところから前の車に従って左へ。
ようやく種子島にやってきた。鹿児島に着いてから「1年半ぶりか」と思うことが何度かあったが、種子島に着いたこの瞬間も、やはり「1年半ぶりか」と思うのであった。
まずは島内のガイドを手に入れるために、観光案内所へ。前回着たときと同じ、よくできたガイドを手に取った。

15:00
そして、いよいよ出発である。まずは、中種子にある知り合いの家に行く。
ナビに従い、目印となる商店へ。道には車はほとんどおらず、気持ちがいい。冷房を切って、窓を全開にして走る。
商店ではキンカンがほしかったが、売っていなかったので水とポテチを購入。そのついでに知り合いの家の場所を尋ねる。
知り合いはあいにく不在にしていたが、前回たいへんお世話になった方だったので、ご両親に挨拶だけでも、と思い寄ったのであった。
この日はお母様が在宅であったので、前回のお礼を申し上げた。お母様からは、ヤクルトとミルミルを2本ずついただいた。この島の方は、どこまでも温かい。
冷蔵庫で冷やされたヤクルトがぬるくならないうちに、1本いただいた。そして長谷展望公園に向かう。
途中、あまりガソリンは減っていなかったが、給油を行った。スタンドのおじさんに「中種子に温泉はありますか?」と問い合わせたが、ないとのこと。国道沿いには大和温泉があるということを教えてくれた。以前、種子島在住のEさんと入った温泉だ。

15:30
長谷展望公園は、利用者があまりいないのか、ナビに出てこない。ロケット見学者のために道案内はついているので、それに従い行ってみる。
この時点では、車は駐車場の2割ほど。公園は海に向かって開けていて、だんだん下がっている。ロケットを展望するには、もってこいのロケーションである。
ここはJAXAの紹介する3つの公式展望所のひとつで、カウントダウンもあるという。奥のほうに進んでいくと、立ち入り禁止の柵の前にテントを場所取りをしている人がいる。
熱心なファンもいるものぞ、と思っていたら、若者がだれかと電話で話している。どうも、機体を射点に移動するための時間と、そのアシを求めているようであった。
機体の移動はすでに情報を持っていたため、19時30分であることを伝えてあげたら、彼に「ついでに運んでいってもらえませんか?」と聞かれた。
車には人を乗せるキャパシティがあったので、それはOKと答えた。彼の名前はFくん。九州の旅をしていて、その果てにロケットの打ち上げを見に来たのだという。
彼のテントから必要な荷物を取り出し、まずは大和温泉へ。テントは、これまた近くのおじさんが見ていてくれるという。
温泉は350円で、本物の温泉である。もっと客でごった返していると思いきや、人の数はそれほど多くなかった。温泉に浸かって、汗を流した。気持ちよかった。
さて、温泉を上がると、Fくんがもう一人の知り合いに電話をかけた。彼は、自転車でフェリー乗り場から向かっているのだという。その彼を拾いに、近くの郵便局に向かった。

17:50
自転車でやってきた彼の名前は、Aくん。自転車で西之表から南種子までは相当あるな、とは思っていたが、折りたたみの自転車でやってきた彼は、相当なファイターである。疲れきっていたが。
とりあえず、機体移動を見るためにやってきたので、ロケットの丘展望所に向かった。
途中、VABの見えるところで、3人で記念撮影。その後、ロケットの丘展望所の位置を確認して、種子島宇宙センターへ。H-IIロケットを見たり、竹崎観望台を眺めたりした。
ロケットの丘展望所は、多くの人がいて狭い駐車場は満車になっていた。そこで、そこから少し種子島宇宙センターに近い場所でいいところがあったので、そこから機体移動を見ることにした。

19:30
はじめは我々3人しかいなかったところにも、ちらほら人が集まり始めた。最終的には10人前後になった。

19:34
VABから、ロケットが姿を現した。はじめにロケットを固定するような部品(あとで調べよう)が見えて、そのあとにロケット本体が現れた。ロケットの姿は、やたら神々しい。これが人工物なのかと思うと、人間の技術の高みがどれほどのものなのかと思う。
ロケットは、ゆっくり、着実にその歩みを進めていく。口々に感想を述べながら、その行方を見守るギャラリー。見学者の一人が、虫除けを貸してくれた。蚊がたくさん集まっていたので、ありがたい。
ロケットは、無事第二射点に移動を完了したようだ。

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20:30
ロケットの打ち上げが終わったら、腹ごしらえである。
町役場の近くに、ちょうちんが並んでいる通りがあったので、その中にあるCAFE&BAR GARDENという店に入った。店はこじんまりとした感じで、客は我々3人のみであった。
ノンアルコールカクテル「はやぶさ」で乾杯し、その後ピザなどで空腹を満たす。Aくんはあまりまともなものを食べていなかったようだったので、よい栄養補給になったのではないか。
お店のおねえさんは、インギー鶏というのが島の名物だということを教えてくれた。
ごはんを食べた後、3人には眠気が感じられた。長谷展望公園で寝ることにした。

22:00
長谷展望公園には、4割ほどの車がすでに泊まっていた。車中泊、またはテント泊の人であろう。
目立たないようなところに車を停めて、ほかの二人の荷物を降ろす。浅海くんには申し訳ないが、二人を収容することはできないので、自転車とともに荷物を出してもらった。
はじめは冷房をつけっぱなしにして寝る予定だったが、隣の車が窓を開けっ放しにしていたので、エンジンを切って寝ることにした。暑いけど、冷房をつけた車はエンジンの音が短い周期で変わるのでうるさかったのである。

(続く)

鹿児島への旅 第二章(その1)

昨年1月、ロケットの打ち上げを見に行ったときは、延期となりあえなく撤退した。
今回こそは、H-IIBロケットの勇姿を間近で見届けたいと思い、再度の種子島行きを決行した。
打ち上げは、今のところ7月21日土曜日。予定に変更がなければ、同日午前中に打ち上げられる。
レンタカーおよび宿が島内で確保できなかったため、車は鹿児島空港でレンタカー。フェリーで種子島へ運ぶ。
今日はここまでうまくいった。それにしても、交通機関が寸分狂わず動いてくれたおかげで、今のところは順調に事を運ぶことができている。私鉄、JR、モノレール、飛行機を乗り継いで、ここまでやってこられた。次はあす、フェリーに乗り込んで種子島に行くのが予定通りに進むかどうか。
今日は明日への情報収集をして、早めに眠りにつくことにしたい。
今日の鹿児島は雨。明日は晴れるといいなぁ

糸川英夫博士生誕100年を記念して

今年は、日本のロケットの父、糸川英夫博士が生誕して100年を迎えるのだそうだ。
糸川博士のことはつい最近まで知らなかったが、この人がいなければ「はやぶさ」を打ち上げたM-Vもなかったのだろうし、その他のロケットもなかったのかと思うと胸が熱くなる。
その志を永らく後世にとどめようと、糸川英夫生誕100周年記念事業実行委員会という団体が寄付を募っている。糸川博士の銅像を建てようということのようだ。
今年は、金環日食や金星の太陽面通過、ヒッグス粒子の発見?など、宇宙に関する話題がクローズアップされている。にもかかわらず、寄付事業はなかなか苦戦しているようだ。
宇宙に興味を持ってくれた方が、すこしずつでもこの活動に協力していただければ、それはきっと大きな力となって私たちの宇宙開発の進路を照らすはずである。今一度、糸川博士の功績に目を向けて、これからの宇宙を考える契機にしてみてはいかがだろうか。

参考:この本は、「はやぶさ」が宇宙を飛んでいたときに書かれた本である。「はやぶさ」について詳しく書かれているのはもちろんだが、その射点となった肝付の方々の思いが綴られている。ロケットは、燃料だけで飛ぶのではない。人々の心がひとつになって飛ぶものなのだということを考えさせられる一冊である。