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抵抗勢力

新田次郎著「昭和新山」を読んだ。

昭和新山とは、昭和19年くらいから平地で火山活動が起きて、標高300メートルを超える山になってしまったという成り上がりの山である。
この山の出来上がる過程を子細に観察した三松正夫という人がいて、この人は最終的に、私財を投げ打って昭和新山を買い取ってしまった。
戦後、観光ブームがやってきて、昭和新山を億の値段で買い取ろうとする人が現れるが、三松は「私は研究のために昭和新山を買ったのであり、商売目的ではないのである」といって最後まで山を手放さない。
小説で主人公となる「美松五郎」のモデルとなった三松氏は、郵便局長の傍ら昭和新山の観察を続け、その観察報告は世界中で絶賛されることになる。

しかし、俺が言いたいのは、三松氏の業績もさることながら、この事実を隠蔽しようとした警察の体質である。
折しも昭和19年は戦争まっただ中。住民に無用な混乱を与えることは、戦時体制を揺るがしかねない大きな問題に発展する恐れがあるとのことで、昭和新山のニュースは全く報道されなかったのだという。
また、火山に対する知識、経験のない警察が治安・安全の確保を目的に居座り、住民から疎まれながら少ない備蓄を食い荒らしたのだと小説には記されている。実際に、警察は何も役に立たず、むしろ専門家に近い三松氏に対して警戒を強めていたという。
新田次郎の小説には、しばしばこういった反官的な記述が見られる。そのため、これがどれほど確実な情報であったかは分からないが、個人的にはそういう動きもあったのではないかと推察する。

公権力という言葉にもあるように、警察は合法的な権力を有したリヴァイアサンだ。対極にある勢力との決定的な違いは、合法であるかどうかに尽きる。
こういった人たちが、オラオラ言いながら危険地帯に足を踏み入れ、安全維持という大義を背負って威張り散らす。この時代の警察は、俺の最も嫌いな人種である。
このような態度は後になって禍根を残す。きっと、今でも昭和新山周辺の警察官は肩身の狭い思いをしていることであろう。
いずれにしても、三松氏の遺した学術的に偉大な成果が、お国の都合によって亡きものとされなくて良かった。昭和新山にはいずれ行ってみたい。

「高熱隧道」を読む

吉村昭の「高熱隧道」を読んだ。

<あらすじ>
日清戦争の足音が聞こえ始めた昭和11年、阪神地域への電力需要に応えるため、黒部川の流域に発電所を建設する計画が持ち上がった。軍需産業を支えるためには電力の供給が国家的な課題になっていたため、軍からの要請は強かった。
この「黒部第三発電所」を建設するにあたり、全体の工区を3つに分け、それぞれを加瀬組、佐川組、大林組が請け負うこととなった。第二工区の佐川組、第三工区の大林組が順調に工事を進める中、第一工区の加瀬組に異変が起きていた。工事を行う人夫が、山から下りたきり戻ってこなくなってしまったというのだ。
原因は、工事を行っているトンネルが温泉の湧き出る場所にぶつかり、トンネル内の温度が高くなったことにあった。加瀬組は技術面、資金面でたいへんな苦境にあったが、ついにトンネルの掘削をあきらめてしまった。
第一工区の工事ができないとなると、これは発電所の建設工事の失敗を意味していた。そして、莫大な金と労力をつぎ込んできた佐川組、大林組はおろか、工事を発注した電力会社も経営の危機に陥る。ここで、電力会社は第二工区を引き受けていた佐川組に、第一工区の工事を請け負うように持ちかける。
カモシカや猿ですら立ち入らないような急峻な谷は、自然の猛威を振るって容赦なく人間の命を奪う。あるものは谷底に落ち、あるものはトンネルの熱にやられ、そしてあるものは雪崩に巻き込まれる。
極限状態の中で、人夫と彼らを統率する技師の人間関係を克明に描く。

<感想>
黒部といえば、映画「黒部の太陽」にもなった通称くろよん(黒部ダム)が有名である。このダムに蓄えられた水を使った発電所は「黒部第三ダム」であり、これが戦後に造られたものであるのに対し、黒部第四発電所は昭和15年に完成している。どちらの工事も難工事であったことが知られており、特に黒部第三発電所の建設にあたっては、300人以上の死者を出したものすごい工事であったという。
工事現場はとても生々しく描写されており、灼熱のトンネルの中で汗まみれになって働く人夫たちの苦闘が伝わって来るようだ。
なお、この本は創作などではなく、著者が可能な限り事実を調べた上で、企業名や人物名を書き変えているのだという。つまり、発電所は実在するし、300人以上の人がこの工事の犠牲になっている。
このような尊い犠牲のもとに、我々の生活は成り立っているのだと思う。電気を大切に、というならば、まずはこの本を読んで、電気を生み出すことがいかに大変なことなのかを実感すればいいと思う。グロ注意。

「探査機はやぶささん」を読む

これで何冊目の「はやぶさ」本になるのだろうか。
職場の方が貸してくれた萌え擬人化本「探査機はやぶささん」を読んだ。

基本的には4コママンガで、その脇に解説がついている。
ストーリーはプロローグのペンシルロケット実験、「はやぶさ」の打ち上げから地球帰還、その後の宇宙開発についてをひととおり語っている。
表紙で敬遠する人も多いだろうが、この本は万人におすすめできる。他の「はやぶさ」本と比較していいな、と思ったのは次の点。

☆探査機本体もさることながら、関連する人工衛星、その他の人工衛星や探査機、ロケットに至るまで非常に多くの解説がなされていること。
☆ミネルバの意義について踏み込んだ解説をしているところ。ミネルバはイトカワに着地することはできなかったが、民生品を多用した機械が宇宙空間で稼働することの可能性を示した。結果だけ見ると失敗だが、その過程において多くの成果を残した。
☆著者がこの本を執筆するきっかけとなった出来事が、俺が「はやぶさ」に興味を持ったのと同じ出来事だったこと。

願わくは、このテイストで電波天文衛星「はるか」も書いてほしかった。
「ひてん」「はやぶさ」と同じMUSESシリーズなのだが、「はやぶさ」にフィードバックされた技術が少なかったのかな…?

物語のクライマックスは、やはり「はやぶさ」の地球帰還。
多くのトラブルを抱えて満身創痍になった「はやぶさ」が、大気圏に突入して流星になる。
後に残るのは、「はやぶさ」が丹精して持ち帰ったカプセル。
地球帰還から5カ月ほどしてから、このカプセルからイトカワ由来の微粒子が見つかることになるのだけど、カプセルの中に入っていたのは微粒子だけではない。これからも続いていく宇宙開発への夢や希望がいっぱい詰まっていたのだ。そう思いたくなってくるような構成だった。

映画化された「はやぶさ」は、Back to the Earthを除いてすべて帰還後に作られた。
俺は「はやぶさ」の知名度を上げ、ファンを増やしたという功績においてBack to the Earthを高く評価しているが、この本もpixivに投稿されていたものを構成し直したとあった。その意味で、当時の熱がそのまま本に入っているようで作者の意気込みを感じた。

<これまでに読んだ「はやぶさ」本>
小惑星探査機「はやぶさ」の大冒険(山根一眞氏)
「はやぶさ」からの贈り物(朝日新聞社)
はやぶさLOVE講座(ロマンアルバム)
小惑星探査機「はやぶさ」の奇跡(的川泰宣先生)
カラー版 小惑星探査機はやぶさ ―「玉手箱」は開かれた(川口 淳一郎先生)
はやぶさ、そうまでして君は(川口淳一郎先生)
第20号科学衛星MUSES-C 小惑星探査機はやぶさ(写真集)
小惑星探査機「はやぶさ」の超技術 (はやぶさプロジェクトチーム)
「はやぶさ」式思考法(川口淳一郎先生)
高い塔から水平線を見渡せ!(仕事学のすすめ)
はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語(吉田武先生)

ホーキング 宇宙と人間を語る を読む

昨日、ほろ酔いの勢いでホーキング博士の本を買った。
本当は佐藤勝彦先生の本が欲しかったのだが、「『ゆらぎ』の力」は売り切れていたので佐藤先生が翻訳したホーキング博士の本を買うことにした。
内容は、至って難解である。元々宇宙が専門ではない俺にとっては、言葉が分からない。佐藤先生の「インフレーション宇宙論」は非常に分かりやすい本だったが、「宇宙と人間を語る」は難しい。心してかかるべし。
本は4割くらい読んだ。ここまでの感想は、「哲学の本のようだ」。ひとつの事象は、それをあらわす複数のモデルにおいて説明することができる場合、そのどちらを採用してもよいそうだ。ただし、より単純で、変数の少ない、予見のきくモデルが優れているのだそうだ。つまり、ひとつのモデルですべての事象を説明するのは不可能・・・
書いてて眠くなってきた。寝ます。

槍ヶ岳開山 を読む

ドイツ旅行の中で読破した、新田次郎の小説「槍ヶ岳開山」。

あらすじ
文化10年、富山の百姓一揆にまきこまれ、過って妻のおはまを刺殺してしまった岩松は、国を捨てて出家した。罪の償いに厳しい修行をみずから求めた彼を絶え間なく襲うのは、おはまへの未練と煩悩であった。妻殺しの呵責に苦しみつつ、未踏の岩峰・槍ヶ岳初登攀に成功した修行僧・幡隆の生きざまを雄渾に描く、長篇伝記小説。
(裏表紙より)

槍ヶ岳は、日本で5番目に高い山である。
夏にNHKのニュースを見ていると、槍ヶ岳の山頂付近をヘリコプターで撮影した映像を流していることから、知っている方も多いことであろう。日本で2番目に高い山を知らなくても、槍ヶ岳を知っているという方もいるだろう。それほどまでに、特徴的な形をした山である。
その形は、まさに槍。天を突きさす槍の穂先からは、東西南北に4つの尾根がのびていて、アルプスの交通の要衝でもある。

その槍ヶ岳を開山したのが、幡隆という修行僧なのだそうだ。厳しい師匠に教えられ、厳しい戒律を守り続ける幡隆の姿に、人々は惹かれていく。同時に、その力をさまざまな方面から利用しようとする人が現れる。
山歩きは人生に似たところがあると人は言う。登り坂、下り坂があることはもちろんのこと、滑落することもあり、遭難することもある。命を落としてしまうこともあるが、そういったことも含めて山に登り続けることの意味を問い続けていきたいと思いなおした小説であった。




山根一眞氏「はやぶさの大冒険」を買う

今年の6月13日に、7年に渡る宇宙の旅を終え、大気圏で燃え尽きるというラストを飾った探査機はやぶさのドキュメントである。タイトルで若干損している気がしなくもないが、氏のはやぶさにかける思いはすばらしい。
氏には何度か会ったことがあるのだが、とにかく本人が冒険、探検が好きなようなのである。その中から人に知ってもらいたいようなことをピックアップして仕事にしているような、そんな感じの人である。その洞察力は、著書「メタルカラーの時代」を読んで確かめていただきたい。
「ネットであふれる情報などは、あてにならない。自分で見て、聞いて、試してみることが大切である」というスタンスの持ち主である。氏の話を聞いていると、それがウソでないということがよくわかる。
ネットではやぶさのことを知った気になっている人ほど、一読いただきたい。

新田次郎「霧の子孫たち」を読む

雲上のドライブが楽しめる信州のビーナスライン。今から40年前に、この道路の建設を巡って県と住民がものすごい闘いを繰り広げていたということを、恥ずかしながら今になって知った。

あらすじ:
長野県の霧ケ峰にある旧御射山(もとみさやま)遺跡の上を通るように計画された観光道路(ビーナスライン)の建設を阻止すべく、諏訪の人々が立ち上がった。
(本当に簡単なあらすじで、なんかスミマセン)

新田次郎は、山歩きをしている人にはとても有名な小説家。諏訪湖の近くにある角間新田(かくましんでん)の次男であったことから、ペンネームを新田次郎としたとのこと。あとがきによると、諏訪湖のあたりから霧ケ峰に抜けるのには角間新田を通るのが一番近いようだ。霧ケ峰に生きる貴重な植物や小鳥を守るため、新田次郎はペンを剣にして闘ったのだ。
環境問題についてあらためて考えさせられる一冊。




勝負師伝説 哲也 を読破する

昨日、とある漫喫において「勝負師伝説 哲也」全41巻を読み終えた。
終戦後の日本において、強くしぶとく生き続けた玄人(ばいにん)と呼ばれる凄腕雀士の物語である。
原作は阿佐田哲也の「麻雀放浪記」か。

連載していたころはマガジン買っていたので読んでいたが、途中でマガジンを買わなくなったために全巻読めていなかった。でも、読んでよかった。楽しかったのである。
次は一歩か。でも、一歩まだ終わってないしなぁ

漫画売却

古本屋で購入した文庫本サイズの魁!男塾全20巻をすべて売却した。
単価30円、合計600円を手にした。
たったこれっぽっちかよ!と思ったけれども、しかたあるまい。