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EXILIMの人気について考える

自撮りに特化したカシオのカメラ「EXILIM EX-TR15」が大人気である。
実売価格8万円のこのカメラ、限定3000台ということもあってか、すぐにプレミアがついた。
発売から10日ほど経過したが、10万円台で売られているようだ。

フレームが回転するだけで、取り立てて特徴のないこのカメラに何でこんな価格がつくのだろうか?と疑問に思われた人も少なくないだろう。実際、スペックの面で際立っているのは、人の肌を白く見せる美白モードと、秒間240fpsのハイスピード撮影くらいのものである。wi-fiで画像転送できるなんてのは、取り立てて自慢できるような機能ではなくなっている。
それでも、この価格が下がらないのは、カシオの販売戦略もさることながら、アジアでの圧倒的な知名度によるところが大きいのではないかと思う。

かつて、海外で「BlackBerryを持っている人はセレブ」といった風潮があったように、デジカメの世界では「自拍神器(このシリーズの中国での呼称らしい)を持っている人はセレブ」なのである。
そんなブランド力を持ったカメラ、日本にそのまま持ってくればたちまち値崩れを起こし、ブランドイメージの低下を招くであろう。日本で発売はされたが、これは日本人に比べても圧倒的に自撮りが好きなアジアの人たちに向けたカメラなのである。日本向けでないものが日本のデジカメと対等な価格でやってくるわけがない。商売やっているカシオからすれば、この価格は妥当なものなのではないだろうか。

俺は、このカメラの10万円を超える価格は、適正だと思っている。
むしろ、デジカメの独自性を忘れ、四角いカメラに縛られたメーカーは、カシオの姿勢を見習わなくてはいけないのではないか?
デジカメが世の中に普及し始めた頃のデジカメは、楽しかった。名機QV-10だってレンズは回転したし、ニコンのCoolPixだってスイベル式と呼ばれる回転機構で一世を風靡した。ハニカムCCDにポルシェデザインのFinePixもカッコよかった。フィルムカメラにできないことを実現するのがデジカメの存在意義であるかのごとく、あの頃のデジカメには独自の個性を主張する土壌があったように思う。
(もちろん、実用に堪えない画質の改善も見逃せない点ではあった)

しかし、コンデジの画素数が600万を超えたあたりから、デジカメ全体のデザインに面白みがなくなってきた。
いわゆる、クラシカルなデザインに回帰してしまったのである。
画質のみにこだわるハイエンドのデジカメならまだしも、普及帯のカメラもおしなべて同じようなデザインになってしまった。個人的には残念なことであった。
そんな中、カシオはデジカメの可能性を常に追求していた。初代EXILIMはフィルムカメラにはあり得ないサイズと当時としては画期的な起動速度、プレビューの切り替えの速さを誇った。MP3の再生機能までついていた。その後もハイスピード撮影、HDR(カシオが初めてではないかもしれないが)など、フィルムカメラとの対決軸を次々と打ち出した。
これらの技術は一朝一夕になし得るものではなく、きっと技術者の努力の結果生み出されたものなのだと思う。TR15も、今まさに失われつつある価値(=ギミック、デザイン)に対して、その良さが中国の有名人に紹介されて成功したモデルなのだ。

TR15の成功は、私たちに「商品の価値とは何か」という命題をあらためて突き付けた。
今のデジカメを見ていると、メーカーはデザインをもっと工夫しないといけないよな、と思うのであった。

自分のこと

この間、自分がたまらなくイヤになってしまったことがある。
自分は、優柔不断で、人の言うことを聞かないガンコな人間。そのわりに自分の意見を持たず、大切なところを人任せにする。いろんな注文つけるのに、自分ではそこまでやらない。
あきらめるのも、けっこう早い。人づきあいは、人が自分に対して思っているよりもずっと苦手。

そんなネガティブな思考も、楽しいことがあるとすぐに吹っ飛んでしまう。
昨日の山歩き。去年知り合った仲間と山に登り、下山して酒を飲んでいると、それまで頭の中を支配していたモヤモヤが、どこかに行ってしまった。そのかわり、心地よい疲労感と、仲間に恵まれた幸運に感謝する気持ちで心が満たされた。
本当に、仲間に感謝している。このことを、もっともっと素直に伝えられる人間に、なりたい。

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