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電車の遅延と原発議論

きょう、俺が通勤に使っている線路にトラブルが発生し、職場までの道のりを大きく迂回しなければならなくなった。迂回のために使った電車もたいへん混雑しており、ものの3駅ほどだったのだけど車内は超満員。下車した駅には、改札から出ようとする人と電車に乗ろうとする人ですごい混雑であった。これには驚いた。
幸いにも業務に支障はなかった。しかし、印象に残ったのは、我々乗客の「キレ易さ」である。まずは下車の際、俺は「降ります、降ります」と何度か前の人に伝えたうえで、流れに沿って電車を降りようとした。すると、俺の後ろに乗っていたおっさんがやはり「降ります」といって、後ろから両手を使って俺を押してくる。
この駅で下車する人は相当数いたため、あわてずに行動すれば前の人を押さなくても降りられることは分かっていた。しかしながら、このおっさんは自分が降りられないと思ったのか、グイグイ押してくる。
このままだと俺が前の人につっかかって危ないと思ったので、俺はおっさんに向かって「降りるから押さないで」と伝えた。おっさんは沈黙した。
また、改札付近では、駅員が振替輸送券を配っていた。こういったときの駅員の立場は弱い。ひたすら「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」と言いながら、券を配っている。
そこへじいさんがやってきて、駅員に文句をたれている。「お前ら(JR)は、いつもトラブルばかりおこしやがって、国鉄以下だ」と言っている。

だが、このじいさんにはよく考えてほしい。
この駅員に向かって文句をいったところで、問題が解決するわけではないのだ。
そりゃ俺だって、駅員に悪態付いてこのトラブルが解決するんだったらいくらでもやっている。
暑さでイライラするのも分かるけど、俺はこういったシチュエーションで周囲を不快にする言動をする奴は大嫌いだ。駅員も、直接的に自分のせいではないことで不満を述べられて、さぞかし辛かったことであろう。
駅員にねぎらいの言葉をかけてやることができなかったのが悔やまれる。

さて夜になって、原発の再稼働の是非に関するコラムを読んだ。
原発を動かしても地獄(=メルトダウンのリスク)、動かさなくても地獄(=経済の停滞→自殺者の増加)、みたいなことが書いてあった。
国内メディアの反応は、冷静な議論を呼びかけるフリをして、反「脱原発」だ。
経済を回すためには原発は絶対必要で、何としても原発を動かせ、という論調だ。
このエコノミックアニマルどもが。と思う。
メディアにはスポンサー、すなわち広告主がいる。
広告主は、そのほとんどが会社を動かすために電気を必要としている企業である。
そいつらが「原発を停止しよう」なんて活動を支持するわけがない。

俺は、この議論の本質的な部分は、「未来に何を残すのか」ということだと思っている。
今、原発を停止すると、我々の子、孫の世代に何を残すことになるのだろう。
そして、原発を動かし続けると、同じく何を残すことになるのだろう。
核によって大きな犠牲を払い続けてきた我々が、いいことも悪いことも、ひっくるめて考えることだ。

今年の夏も暑いので、冷房をかけて寝ている。
いかん、これだと電気を使ってしまう。
そう思い、短い期間ではあるが高原に行って涼んでこようと思う。
現在計画中。夏の暑さにウンザリしている人、標高2500メートルに登れば涼しいよ。

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